第五話【前編】受け継がれた古九谷のDNAが花開くまで 〜古九谷から吉田屋まで〜

• 九谷焼が出来上がるまでの“現場”を訪ね歩いた第一話から第四話に続き、第五・六話では九谷焼の焼き物としての歴史の“骨格”を掴んで眺めてみましょう。
  今回は、“九谷焼の歴史を聞くならこの人！”という九谷陶磁器史研究家であり、能美市九谷焼美術館｜五彩館｜館長の中矢進一さんに、九谷焼の通史をナビゲートしていただきます。前編では九谷焼の出発点である「古九谷」から、古九谷復興としての吉田屋窯までをご紹介。

案内してくれた人

中矢進一さん

能美市九谷焼美術館｜五彩館｜館長。九谷陶磁器史研究家として長年に渡り九谷焼の歴史を研究して来た第一人者。1977年石川県加賀市教育委員会、加賀市美術館学芸員、石川県九谷焼美術館副館長を歴任。2006年全国５会場巡回特別展「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」監修。15年特別展「大名細川家の茶席と加賀九谷焼展」（永青文庫）監修。北陸新幹線金沢開業記念特別展「交流するやきもの九谷焼の系譜と展開展」（東京ステーションギャラリー）監修。会期中上皇上皇后両陛下行幸啓に際し「ご説明役」を務める。共著に『ふでばこ（九谷焼特集）』、『九谷モダン』などがある。

• 色絵磁器・九谷焼の誕生

• 秋元：中矢さん、お久しぶりです！本日はよろしくお願いします。今回中矢さんにレクチャーしていただきたいのは、「九谷焼」ってみんな言うけれど、一体何なんだ、というところ。どういう歴史を辿ってきて、どれくらいの時系列の中で様式があるんだろうと。できるだけザクっとしたところをうかがいたいと思います。
  中矢：ザクっと、ですね（笑）。
  秋元：ええ、まずは初心者向けに。理解への第一歩として、360年間の九谷焼の流れを教えていただけたら。
  中矢：わかりました。そうしましたら、この美術館には古九谷から再興九谷・近代九谷とこれまでの流れが分かる作品が揃っているので、実際にモノをご覧いただきながらお話しさせていただきましょうか。
  秋元：いいですね！ぜひお願いします。


• 古九谷窯があったのは、加賀国江沼郡九谷村（現在の加賀市山中温泉九谷町）。この近くで陶石が発見された（九谷陶石）。


• 中矢：まず導入として、九谷焼の窯がどのように分布していたか分かる地図と、通史が一望できる年表がこちらにあります。
  秋元：九谷焼の歴史はおよそ360年というけれど、実際はどのように考えたら良いでしょう？
  中矢：私は明暦元年に古九谷の窯が始まったという説を採用しています。なので、1655年が起点だと思っていただけたら良いと思います。ですから360年ちょっとですね。


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• 秋元：いわゆる“古九谷”と呼ばれる時期はどの辺りまでですか？
  中矢：明暦元年に、加賀国江沼郡九谷村（現在の加賀市山中温泉九谷町）で古九谷の窯が始まってから、九谷の二号窯が廃窯になるまでの約50年間ですね。そもそも九谷は、前田藩の金山だったんですよ。金山開発をしているときに、山師だとか鉱物を見れる人がいた。そこで磁器の原料も期せずして発掘されて「お殿様、お恐れながらも、金銀の他に陶石も採れます」と報告したわけです。その現場監督が後藤才次郎。その当時、色絵磁器は“金にも相当する”という価値観があったので、ならば前田藩でつくろうではないかと。そこで後藤才次郎はお殿様の出張命令を受け、肥前有田（佐賀県）にて一生懸命磁器づくりを学び古九谷が生まれるわけです。
  秋元：では、この古九谷があった50年の間に、「青手」や「五彩手」といった、九谷焼を代表する色絵様式も生まれているのですか？


• 青手の古九谷。青手は緑・黄・紫の三彩か、紺青を加えた四彩で器全体を塗り埋める様式。油絵のような濃厚な彩色が特徴。「青手芭蕉図鉢」／能美市九谷焼美術館｜五彩館｜所蔵


• 五彩で描かれた古九谷。九谷五彩という緑・黄・紫・紺青・赤の色絵の具を使用する。花鳥風月などを日本画のように余白を残して彩る。「色絵松鶴図皿」／能美市九谷焼美術館｜五彩館｜所蔵


• 中矢：そうです、いわば“九谷焼のルーツ”が古九谷から生まれています。しかし古九谷の窯はわずか半世紀の稼働で廃窯となります。藩主の死や飢饉による財政難、徳川幕府の干渉など様々な説があり、あるいはそうしたものの複合原因かもしれません。原因は判然としませんが、とにかくここで古九谷は途絶えた。
  そして再び九谷焼が復活する「再興九谷」の時代は1807年に青木木米が金沢にやってきて「春日山窯」ができてからです。ここから再興九谷の窯がいくつもできてきます。
  秋元：では、こういう風に言っても問題ないでしょうか？まず「古九谷」が50年間ありました、それが1710年に途絶えた。そしておよそ100年ほど間が空いて、次に来るのがもう1807年からの「再興九谷」であると。
  中矢：はい、そうです。古九谷が途絶えた後も、加賀百万石の茶陶文化の中では“焼き物文化”というものは絶えずあった。けれども、いわゆる“九谷のようなもの”は再興九谷まではありません。
  秋元：今おっしゃった「九谷のようなもの」とは？磁器という意味ですか？
  中矢：色絵磁器ですね。焼き物文化はあっても、色絵磁器を焼く窯が復活したのは、紛れもなく、加賀藩によって招聘された青木木米（※）からになります。この人は京焼の人ですから、京焼の技術を金沢に持ち来んだ人なんです。
  （※）青木木米…江戸時代後期の、京焼の陶工。加賀藩前田家の招聘を受け、金沢の「春日山窯」にて磁器生産を始める。


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• 秋元：青木木米自身も磁器質のものを、金沢で焼いてるのですか？金沢では陶石は発見されていませんよね？
  中矢：九谷村から陶石を運んで来ていたのです。
  秋元：あぁ、九谷から持って来ているのですね！
  中矢：それが大変だったので、青木木米の弟子だった本多貞吉が、金沢近郊で九谷と同じような陶石がないか、一生懸命探したんです。けれど金沢には陶石がなかった。
  秋元：でも本多貞吉は花坂で陶石を見つけてますよね？それこそ前回、私達も原石山を見て来たのですが。これはどうやって見つけたのですか？
  中矢：これはもう、本多貞吉の“執念”でしょうね。徐々に徐々に、陶石を探す距離を金沢から伸ばして行った。そして“金沢近郊には鉱脈なし！”と判断して、加賀に向かって下がっていって、やっと花坂で発見できた。
  やはり陶石は白山が近くにあるところにあるわけですよ。白山は火山ですから、火山の近くには温泉も、金も、陶石もある。これは現代の私たちが結果的に知り得たことであって、 江戸時代を生きる本多貞吉が知っていたかはわかりませんが。とにかく、この花坂陶石の発見がなければ、九谷焼の発展はなかったんです。


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• 秋元：すごいなぁ。執念でバット振り回してたら特大ホームラン打っちゃった、という感じでしょうか。それにしても、加賀市の九谷でも陶石は発見されていますが、今おっしゃったみたいに「花坂陶石がなければ九谷焼の発展はない」というのは、埋蔵量という意味でしょうか？
  中矢：秋元さんも現地に行ってらっしゃるのでお分かりと思いますが、花坂陶石の原石山は市街地に近いですよね。まず交通の利便性が高い。それに比べて九谷村はものすごく急峻な谷が2つもあって、現在その谷を利用してダムが出来てる程です。そんなところで荷台に陶石を積んで運ぶわけにもいかないので、人が背負って運ぶしかない。つまり大変な労力がかかるわけです。
  ですから、再興九谷では九谷村からの陶石ではなく、全部花坂の陶石を使っています。あと九谷は大聖寺藩でしたので、いわば加賀藩とは国が違うわけですね。陶石をやり取りする上で、これも一つ大きかったと思います。


• ①春日山窯跡（1807年に青木木米がやってきて指導した加賀藩窯／再興九谷のきっかけ）
  ②若杉窯跡（花坂陶石が発見されたことによって若杉で設立された藩窯）
  ③花坂陶石（1817年に本多貞吉が発見した陶石／再興九谷以降はほぼ花坂陶石を使用）
  ④古九谷窯跡（九谷陶石が発見されて、加賀国江沼郡九谷村にできた最初の窯）
  ⑤九谷陶石（一番初めに見つかった九谷焼の陶石／古九谷・吉田屋は九谷陶石を使用）


• 秋元：なるほど、制作の効率性を考えるとそうなりますよね。では、再興九谷をおさらいすると、花坂陶石が見つかり、それで磁器生産が可能になった。そして若杉窯が成立したと。しかし、陶石は花坂陶石を使うとしても、磁器をつくる“職人”は、一体どうしたのでしょう？
  中矢：これは私見ですが、まず加賀藩がバックアップしていたことが大きい。それと他産地の人とのネットワークがあったのではないか。主柱は本多貞吉ですね。貞吉は肥前出身で京焼の青木木米の弟子であった。貞吉が中心となり磁器窯が開窯したことを貞吉自身が直接他産地の知己に知らせたことやあるいはそれを側聞したことも考えられる。少なくとも師の木米には伝えたでしょう。そのことから、藩内外から加賀藩窯に従事したい職人や見習工が集まったのではないかと考えられます。
  秋元：なるほど、そして若杉窯から出た職人が、若杉の外でも新たに窯を開いていくと。
  中矢：そうですね。若杉から職人があちこちに動いています。若杉窯は加賀藩の藩窯でしたからいわば“大工場”だったので、職人もたくさん育成されていたんです。


• 若杉窯は藩窯として“暮らし向きの生活用品”をたくさんつくったと言われる。そのため、磁器の中でも窯入れの回数が少なくて済む「染付」の器が多い。若杉窯「染付霊獣文皿」／能美市九谷焼美術館｜五彩館｜


• 秋元：もともと九谷の色絵磁器の技術としては有田からきてるんですよね？
  中矢：職人自身は、本当にいろんなところから来ています。江戸時代の初期は人が移動することをとても嫌って、関所も厳しかったのですが、江戸後期になるとかなり自由です。職人たちは自分のスキルを上げるために全国の有名窯業地へどんどん修行にいっていました。
  本多貞吉も、元々は肥前出身です。吉田屋窯で働いていた職人の明細書を見ると、信楽や京焼の方からも来ています。当時の京焼は磁器中心でしたから、磁器をつくるなら京焼から引っ張ってくるのが一番手っ取り早いんですよね。
  秋元：今のスポーツ選手みたいですね。「阪神タイガースだけど、出身は違う」というような（笑）。
  中矢：確かに「うちのチームはここが弱いから、他所から引っ張ってこよう」という感覚に近いかもしれませんね。


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