第三話上絵付けを下支えする、素地の力
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「KUTANism」総合監修をつとめる秋元雄史が、九谷焼が生まれる現場を訪ね歩く連載シリーズ「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」。花坂陶石から粘土が出来上がるまでの工程を見学した前回に続き、第3回では粘土から“形”を生み出す「素地(そじ)」づくりの現場を訪ねます。
素地づくりには、器などを挽く「ろくろ」、粘土板を貼り合わせる「たたら」、石膏型でつくる「型取り」など、いくつもの成形方法が。中でも今回は「型もの」と呼ばれる、置物づくりの工程を見学しに「宮創製陶所」におじゃましました。宮創製陶所がある八幡町は古くから置物の素地を専業とする窯元が集まった集落です。
上絵付けが注目されることの多い九谷焼ですが、九谷の彫刻的な表現を可能にしているのはまさにこの“素地の力”。絵付け師達を鼓舞する、素地の魅力を探ります。
案内してくれた人
- 宮本 淑博(よしひろ)さん
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小松市加賀八幡町にある大正3年創業の「宮創製陶所株式会社」の5代目。工業高校を卒業後、会社員として働いていたが、母方の実家が営む「宮本製陶所」(当時の屋号)に後継がいないことを知り、職人の道に入る。宮創製陶所に代々受け継がれている置物の型を紹介するため、工房の一部を改修したショールームを2020年3月に開設するなど、素地の魅力を発信している。
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身体化されたシームレスな職人仕事。
- 宮本:次に手起こしの工程をお見せします。今回は獅子の型にしましょうか。獅子は九谷焼の置物としては代表的なモチーフのひとつです。前田家の守り神でもあったようですし。まずは胴体の型に粘土を貼り付けていきます。
- 4つのパーツを組み合わせた、獅子の胴体型。
- 型に水を吹きかけた後、手で粘土を貼っていく。小さいものでも「1日10個つくるのが限界」だそう。
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宮本:この粘土は前回秋元さんも行かれている「谷口製土所」さんのものです。
秋元:そうでしたか、ちなみにどのタイプの粘土を使用されているんですか?
宮本:スタンパーでつくられた粘土ですね。スタンパーの方が、粒子が細かくて可塑性が高いので、伸びが良いのです。手起こしにはこちらの粘土が向きます。
秋元:粘土はそうやって、結構薄く貼り付けていくもんなんですね。均一にするのも大変だなぁ。
宮本:そうですね、薄い方が物も軽くなるので。触ってみられますか?型と粘土の、ある程度の肉厚感というか、薄いところと厚いところの差みたいなのが分かると思うんですけど。
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秋元:(粘土を触りながら)え…?全然分からない。僕なんて口だけで勝負しているので、そんな繊細な皮膚感覚ありませんよ(笑)。
宮本:何というか、押すというより、粘度を当て込んでいく感じです。いろんなとこ触ったときに“指圧感”が同じだと、だいたい厚みは一緒だと分かっていただけるかなと思ったんですが…。
秋元::指先の感覚なんて、普通に生きてたらそんなに鋭敏なものじゃないですよ。職人さんはもはや手先がセンサー化してるんですね。これは全て均一な厚さにできると合格なんでしょうか。
宮本:いえ、窯で焼くと収縮しますし、その時に力のかかる部分は粘度を少し厚くしたりと、様々な立体の要素を配慮しながら微妙な調整は必要です。
秋元:なるほど、確かにそれは機械で難しいですよね。それにしても、作業の早いこと。トントンと進んでいっちゃいますね。もう一連の動きが身体化しちゃっているから、文節して説明してくださいってお願いする方がきっと難しいんでしょうね。
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プロセスを共有して、価値を伝える
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秋元:こういう素地づくりの作業って、“作り方読本”みたいな感じで、産地で体系化されていたりするのでしょうか?
宮本:いやー、九谷ではないと思いますね。もしかしたら、量産化してる産地にはあるのかもしれないですが。ひたすら「作っては失敗して」を繰り返して、やっと自分の中でノウハウができてくるというアナログな作業なので。AIの時代とは逆行してますよね。
秋元:渋いなぁ。
- 出来あがった胴体部分
- 獅子の完成形はこちら
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宮本:はい、ひとまず胴体部分の完成です。
秋元:こういった素地って、どこかに窯元の印など入ったりするのでしょうか?
宮本:基本的には上絵つけをされた作家さんの名前で世に出て行くので、窯元の名が表に出ることはないですね。最近では「九谷」ってハンコを押してみたりはしているのですが、その程度ですね。
秋元:少なくとも仕事の痕跡というか、そういうのは分かるようになっていてもいいんじゃないかとは思いますけどね。例えば映画なら、主役だけじゃなく裏方までしっかりエンドロールでは名前が出るわけで。もちろん、九谷焼においては最後の絵付けをしている人が主役みたいなところがあるでしょうし、その人の名で作品が出るのは良いとしても、ここまで仕事しておいて裏方の名前が全く出ないって、今の時代かえって不自然なような気もします。
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宮本:作家さんって、こう華やかな世界でしょう。でもこの裏で、影になって支えている人らが必ずおるんです。いきなり完成品があるんじゃなくて、こういう下仕事があって完成品があるということは知ってもらえた方が、ものの価値を分かってもらえるとは僕も思うんですよね。
秋元:そうですね。今はやっぱりプロセスを共有して理解して行くということが大切なんでしょうね。出来上がったモノの見栄えだけ見て、良いとか悪いとか言うよりも。変な話、形だけ模倣するなら今の時代プラスチックでもできてしまうわけですから。
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