第四話“絵としての完成”を追求する、九谷の魂

• 「KUTANism」総合監修をつとめる秋元雄史が、九谷焼が生まれる現場を訪ね歩く連載シリーズ「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」。花坂陶石から粘土がつくられ、そしてその粘土が形ある「素地」となった前回まで。第４話では分業リレーの“花形” である「上絵付け」がなされている工房を訪ねます。
  
  今回おじゃました「陶房 光崖窯」がある小松市高堂町は、古くから「金彩」を得意とした地域。多彩な様式がある九谷焼の中でも、多くの加飾技法を同時に用いる金彩仕事から、九谷焼の上絵付けに宿る“魂”を探ります。
  今回案内してくださったのは“技のデパート”との異名をもつ高聡文（そうぶん）さん。前回たずねた宮創製陶所さんで制作いただいた、獅子の素地への絵付けを拝見しながらお話をうかがいました。

案内してくれた人

高聡文（そうぶん）さん

小松市高堂町に続く「陶房 光崖（こうがい）窯」の三代目。「光崖窯」は初代から金襴手を得意とする窯で、あらゆる加飾技法を上絵付けで駆使している。
大阪芸術大学から九谷技術研修所を経て光崖窯に入る。日展、日本伝統工芸展入選。国内、海外での個展も多数開催。石川県立九谷焼技術研修所で講師も務める。

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• イマココ

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• 加飾技術の飽くなき追求。
  山水画のグレートーン。

• 秋元：改めてになりますが、高さんは「上絵付け」の一番の見所は、どんなところだとお考えですか？
  高：焼き物ではありますが、九谷焼の場合「絵」としての評価が当然あります。なので、色にはこだわっていますね。僕の場合は混色を重ねて、最後は黒になるまで混色しちゃうんです。初代からも「単味の色は使うなよ」と言われていました。


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  秋元：そうなんですか、でも混色を重ねると色が沈みそうなイメージですが。
  高：はい、非常に際どいところなんですが。絵の具は沈殿物と不純物の混ざったところの中層が一番綺麗な色なんですけど、そこはあえて使わず、その下の不純物があるところをわざと使ったりしてます。
  秋元：わざとそれを使う。高度な遊びだなぁ。
  高：綺麗に発色しすぎると、“軽すぎる”んですよね。それこそ、さきほどの奥様方に「こういうの嫌い」と言われるような俗っぽいものになる。今の絵の具は精製度が高すぎて、発色が綺麗すぎるのが逆に困りもので。
  秋元：ああ、そうか。九谷焼の良い作品って、すごく多彩な色を使っているんだけど、同時にある種の“重み”や“深み”がありますよね。それはかなり意識的に、考えてなされていることだったんですね。
  高：でも本当に絵の具のダメな部分を使うと古新聞みたいな色になっちゃうので、難しいところなんですが。


• 高さんの骨董コレクションの一部。「昔の絵の具は不純物が混ざっていたので、すごく良い色なんですよ」。


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  秋元：本当に “絵”としてどれくらい魅せられるか、ということを九谷では競い合っているんですね。今みたいな技術的な話も、単なる職人技の繰り返しというよりも、もっと新たなテクニックを追求されたりしているじゃないですか。その辺はどちらかというとアートっぽいですよね。
  高：感じとしては、アートやと思います。
  秋元：職人技術の再生産とはやはり違う。“一点もの”というか、“絵”自体を追求する要素がある。
  高：そうですね、実際に僕が絵付けする時は一点ずつしか制作しませんし、一枚の絵を描いているのと似たところがあるかもしれません。
  秋元：ちょっとずつ分かってきました。通常、磁器の上絵ってもっと“塗り絵的”じゃないですか。だから、九谷焼が必要以上に「絵」にこだわっているように見えて、不思議に思っていた時期があったんです。けれど、今のお話を聞くと、“塗り絵”ではなく、本当に「“絵”を描こう」と思って描かれていたわけなんですね。


• 高さんの工房「陶房 光崖窯」の看板。


• 初代が制作した、一幅の絵画のような壺。


• 高：祖父は17歳のときに家出して、京都の狩野派の、狩野芳崖（※）に続く門下に弟子入りしているんです。うちの工房は「光崖窯」という名前なんですが、先生から「崖」の一字をいただいているんですよ。だから、祖父はもともと“絵師”になりたかった人なんです。
  （※）狩野芳崖…幕末から明治期の日本画家で近代日本画の父。日本画において江戸時代と明治時代を橋渡しする役割を担うと共に、河鍋暁斎、菊池容斎らと狩野派の最後を飾った人物。
  秋元：芳崖の「崖」だったんですね！なるほど、そこで古九谷のような“絵に向かう魂”が乗り移る。九谷焼の面白さって、そういうところかぁ。
  高：そう思います。もともと色絵磁器が伝播してきた有田の絵とは、確かに違いますよね。根底にある“魂”が違うと言うか。


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• 製作中に初代が急逝し、骨描きの状態で残っていた大花瓶に、二代が彩色し、そして高さんが金彩青粒で仕上げた、世代を超えた作品。


• 秋元：（壺を指しながら）こういうところとか、かなり色を濁らせていますよね。本当に混色して絵の具をつくっている。これだけ色の幅があって、かつ、加飾技法としてもものすごくバリエーションがある。その組み合わせだけでも果てしないですよね。こういう様式が進化したのって、明治の輸出ものの時代ですか？
  高：そう思います。九谷庄三の頃からかなと。
  秋元：そうか、九谷庄三もいろんな技法を、一つの作品の中に詰め込んでますもんね。実を言うと僕、庄三って何を評価されているのか、いまいち分からなかったんですよ。音楽でいうとフュージョンというか、“あらゆるものを融合させている面白さ”だというのは分かるんですが。それでいて、面白い作品はすごく面白いんだけど、正直酷い作品は酷いなと。でもそれって実験の過程というか、色々試して攻めた結果のものだったんですね。
  高：そうだったのではないでしょうか。あと、庄三の工房は大きかったので、部下にも色々試させたりもしていたでしょうし。でも、そういう実験作品も「九谷庄三」の名で後世に残るのが、こういう仕事の怖いところで。


• 「龍花卉文農耕図盤」九谷庄三／能美市九谷焼資料館


• 秋元：庄三に限らず、どんどんデコラティブになっていく明治からの加飾九谷の様相というのが「なんでこんな風に展開するんだろう」って、今まで分からなかったんですよね。でも今のお話うかがっていて、焼き物を「絵」として考えて、技法を積み上げて行ったらこうなるなと、シンプルに納得がいきました。


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• 秋元：こうした絵としての追求も、「洋絵の具があるからできている」という部分もありますよね？
  高：まさにうちの工房は、「洋絵の具」と「金彩」がないと成り立たないです。九谷焼の金彩というのは、洋絵の具が日本に入ってこなければ有り得ないものですね。
  ただ、洋絵の具はヨーロッパから入ってきたものではありますが、輸入していたのは一番初めの頃だけで、あとは日本でつくっているんです。というのも、ヨーロッパの絵の具は色が綺麗すぎて、軽い感じになる。でも、その色では日本人の琴線には触れられないと思うんですよね。
  秋元：ある意味では、山水画の “グレーの幅”みたいなものが、九谷焼の絵に入ってきているという風にも考えられますか？
  高：完全に岩絵具（※）の世界やと思います。初代も昼間は上絵付けしているんですけど、夜になると絹本（けんぽん）に掛軸を描いていましたよ。本当はそっちをやりたかったみたいで。
  （※）岩絵具…鉱石を砕いてつくられた粒子状の絵の具。日本画の彩色などに用いられる。
  秋元：あ、本当に山水画の色幅なわけですね！それはヨーロッパのコーヒーカップには、絶対に出てこないトーンですよね。
  高：とは言え、九谷焼の中でもこういう職人仕事は決してメジャーなものではなくて、かなりニッチな方なので。一般の方はデパートに並んでいるようなギラギラした九谷焼の商品しか普段見れないので…。
  秋元：そういう物だけ見ていると、九谷の良さというのは分からないですよね。九谷焼の歴史の中で、それぞれの時代の本当に良いものだけを集めて見せたら、これはこれで成立するなぁ。今、美術館人として猛烈に興味が湧いています（笑）。今日は貴重なお話をありがとうございました！

 

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