第六話【後編】窯を超え出て生まれた名工たち 〜明治から昭和まで〜

• 九谷陶磁器史研究家・中矢進一さんに学ぶ九谷焼の歴史「後編」。古九谷から吉田屋窯といった江戸後期までをご紹介した前編に続き（前編はこちら）、後編はガラリと時代が変わって、明治以降の輸出工芸「ジャパン・クタニ」と、その象徴ともいえる「赤絵／金襴手」の世界をご紹介。
  そして明治以降は「窯」という組織を超えて数々の名工が頭角を現してくる時代でもあります。古九谷から連綿と続く、産業を超えて芸術性を追い求める “九谷マインド”とは。

案内してくれた人

中矢進一さん

能美市九谷焼美術館｜五彩館｜館長。九谷陶磁器史研究家として長年に渡り九谷焼の歴史を研究して来た第一人者。1977年石川県加賀市教育委員会、加賀市美術館学芸員、石川県九谷焼美術館副館長を歴任。2006年全国５会場巡回特別展「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」監修。15年特別展「大名細川家の茶席と加賀九谷焼展」（永青文庫）監修。北陸新幹線金沢開業記念特別展「交流するやきもの九谷焼の系譜と展開展」（東京ステーションギャラリー）監修。会期中上皇上皇后両陛下行幸啓に際し「ご説明役」を務める。共著に『ふでばこ（九谷焼特集）』、『九谷モダン』などがある。

• 産業を超えて、芸術性を追求する九谷マインド

• 中矢：そしてこの赤絵のジャンルからは、“産業九谷”の礎を築いた名工が何人も生まれています。庄三の少し前から同じく能美郡で活躍していた斎田道開（※）もその一人。彼は産業九谷の“名プロデューサーです”。全国のいろんな窯業地を巡り巡って、最終的に故郷の能美市佐野町で赤絵窯（佐野窯）を開きます。佐野窯を上絵窯とし、素地窯と別に独立させたことで、それまで一つの窯元で担っていた「素地」と「上絵」を分業化させた。まさに九谷の分業化の走りです。
  （※）斎田道開…江戸時代後期に佐野の地（能美市佐野町）で「佐野窯」を開く。金をより美しく彩らせる二度焼の技法を編み出すなど、現在の赤絵佐野に受け継がれる作風を確立。制作工程の専業化も進めた。
  秋元：ああ、ここで分業化が始まるのですね。


• 斎田道開「赤絵細描龍図徳利」／能美市九谷焼美術館｜五彩館｜所蔵


• 中矢：一方の九谷庄三が産業九谷の確立に寄与した功績は、前に述べた庄三風ともいえる様式「彩色金襴手」を、二百人を超えるという大勢の門弟たちに教え広めたことに尽きます。その中から名工と呼ばれる人たちが輩出し、いまにその系譜は連綿とつながっているのです。


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• 中矢：そして、九谷焼の特筆すべき点として、この時期から「名工」と呼ばれる職人がでてくるんです。それまでは“窯”というものが前面に立っていたけれど、近代以降になると職人の個人名が出てくるようになります。そこには産業九谷の時代に分業化して、素地をつくる窯元と、絵付けをする上絵付師さんが分かれたという背景もあります。
  秋元：しかし明治以降となると、生活様式はもちろん、戦争が始まったりと目まぐるしく時代も変わりますよね。要はもう海外に出せなくなったり。その時代の中で作家も揺れつつ、つくるものを変化させながらも生き延びてきたということでしょうか？
  中矢：そうです。大正に入る頃には海外輸出が頭打ちになって、ならばこの窯業力をどこに向けるかとなったとき、国内需要の中で求められたのが、かつての“文人趣味”でした。魯山人のような文化人が活躍しているのもこの頃です。徐々にそちらにシフトしていく中で修練されていって、そのうちに“名工”と呼ばれる人たちがでてくる。窯や会社の名前ではなく、「〇〇さんがつくったあの作品が欲しい」となってくるわけです。
  秋元：面白いですね。確かに有田などですと、窯元の名前の方が歴史の中でずっと強い印象があります。10代続いている窯元があったりしますしね。


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• 秋元：でも考えてみれば、今までだって「吉田屋窯」「若杉窯」とか、窯の名前で作品は出ていたけれど、それを牽引しているのは“個人”だったりしますよね。だから職人の姿勢そのものが変わったというよりも、だんだん時代が下がってくるうちに、個人の名前が自然と出てきた、という感じなんでしょうね。
  中矢：そうだと思います。あと僕は、九谷には“才能を育てようとする精神構造”があったんじゃないかと思っています。パトロンのような人がいて、期待する作家に作品を発注し続けたりして、長い目で育てていた。


• 近代九谷の代表的作家の一人である徳田八十吉の作品を前に。


• 秋元：これまでのお話の随所で、産業を超えて芸術性を追求してしまうマインドというものを九谷焼に感じますよね。こういう“作家性”で地域を牽引して行くのって、九谷以外の産地でどこかあります？まぁ、昭和以降はどこもそういう傾向はありますけど。
  中矢：瀬戸や美濃でも言えますが、どちらかというとやっぱり窯元が強い印象はあります。そういう意味では九谷は京都に近いかもしれませんね。
  秋元：なるほど、京焼は「〇〇窯」というよりも、比較的個人の名前が先に立ちますもんね。


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• 中矢：大正から昭和にかけて、いわゆる官展と呼ばれる「帝展」「文展」そしてその流れの「日展」に、第四科として工芸の分野が入ってきます。日本陶芸界の重鎮、富本憲吉はその中心人物です。九谷焼では北出塔次郎が早くから出品して「九谷の塔次郎」として気を吐いていました。塔次郎は大聖寺藩窯「松山窯」の流れをくむ「北出窯」の三代目窯元でしたが、美術学校を出て、絵画やデザインを学び、九谷の近代化を目指していました。昭和１１年、富本憲吉が九谷の色絵を研究するため、塔次郎の窯に半年間も逗留しました。塔次郎は富本に色絵技術を惜しみなく教え、富本からは「紋様から紋様をつくらず」という制作信条を教えられます。
  ここが九谷近代化のターニングポイントです。中央の美術展覧会でも十分通ずる工芸作家が九谷焼から誕生する端緒だと考えます。一方で、初代徳田八十吉のようなすばらしい九谷の伝統を守り継承する職人の中の職人である、名工達もいました。先代の浅蔵五十吉は、古九谷の伝統色を初代八十吉に、近代的な意匠構成を塔次郎から学び、自らの個性を発揮して「日展」で活躍し、やがて国の文化功労者、文化勲章受章者となります。三代徳田八十吉は初代から学んだ古九谷の色でもって見事な「彩釉磁器」をつくりあげ、日本工芸会、「日本伝統工芸展」で活躍ののち、人間国宝となります。
  秋元：これまでひたすら作品をつくっていたのが、ここから「美術展」というフレームの中で作家が意識的に作品発表するようになるんですね。まさに“近代工芸”の夜明けであり、芸術家的工芸作家が生まれてくる下準備が整うと。 いやぁ、今日一日で様々な気づきがあって、脳が情報過多になっています（笑）。どうもありがとうございました！

 

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