第七話古九谷という頂点を見つめ、独り登る

• 「上絵付け」は九谷焼の“華”であり、 “作家性”が最も顕著に現れる工程でもあります。そして一口に上絵付けといっても、その様式や技法、さらには制作への信条が作家によって全く異なることも九谷焼の面白さ。
  「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」の第七・八話では、今日の九谷焼を代表して活躍する二名の作家にフォーカスします。まず訪ねたのは、「泰山窯（たいざんがま）」四代目の武腰潤さん。武腰さんの九谷焼は、“芸術作品”として国内のみならず海外からも高い評価を得ています。また、お弟子さんも多く“作家九谷”を牽引して来られたお一人。
  その一方で “九谷焼ではなく、自分は古九谷をやっている”と語る武腰さん。その真意や、制作への想いなどをうかがってきました。

案内してくれた人

武腰 潤さん

能美市寺井町の「泰山窯」４代目。石川県九谷焼美術館館長。名工として知られる初代武腰泰山を祖父に持つ。金沢美術工芸大学卒業。日展や日本伝統工芸展で活躍する一方、武腰さんの作品はニューヨークやロンドンなど、海外で“芸術作品”として高い評価を得ている。

• 「九谷焼」からの逃避と、「古九谷」との邂逅

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• 武腰：実は僕、家の仕事というか「九谷焼」というものをやりたくなかったんです。
  秋元：えっ、そうだったんですね。武腰さんには以前からお世話になっていますが、その話は初めてうかがいました。
  武腰：大学では日本画を学んでいて、最初の2年間くらいは遊びまわっていたんですけど（笑）、３年目あたりから“絵画”というものを真剣に考えるようになっていました。その目線から見る「九谷焼」というものが、どうも好きになれなかったんですね。当時は「九谷焼が嫌い」という人も多かったですし。
  秋元：その武腰さんが、今や九谷焼を代表する作家さんのお一人になっているのがおもしろいですね。どういった心境の変化があったのでしょう？
  武腰：金沢美術工芸大学を卒業してから、身体障害者の方の訓練校で、１年間九谷焼の絵付け講師をしていた時期があったんです。写生に始まって、下絵をつくって、上絵を描いて。生徒さんの就職のお世話をするところまでやっていました。
  当時の僕はただ美大を出ただけで、家（泰山窯）の仕事も手伝い程度でやっていました。すると、その訓練校で焼きあがった生徒さん達の作品が、僕がつくるものよりも遥かに良いんですよ。“上手・下手”という話じゃなくて、何というか絵に“強さ”がある。
  仮にも九谷焼の家に生まれている自分が、全く情けないと思ったんです、“これじゃいかん”と。だから訓練校の講師は早々に辞めました。さりとて「放浪の旅に出たい」と言ったところで長男なので許してもらえそうもない。だから親に黙って家出したんですよ。
  秋元：いいですねえ（笑）。
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• 武腰：当時の東京には学生運動のアジトがいたるところにあったので、そこを泊まり歩いていました。毎日美術館に行って、ひたすら絵画ばかりを観て。ついに行く美術館がなくなってしまい、「今日はどうしようか」なんて考えながら上野公園でぼんやり座っていたときに、ふと見上げると大きな和風建築があった。それが「東京国立博物館」だったんですが、何気無く入ると全国の工芸品展のようなものをやっていましてね。 そこに牡丹が描かれた古九谷の大皿が並んでいたんです。その器というのが、同じ場に並んでいた他のどの産地のものと比べても全く違った。圧倒的な存在感でした。もし僕が工芸を勉強していたらそうは感じなかったのかもしれないけれど、純粋美術をやってきた身としてはその“力強さ”に強烈に惹かれました。
  秋元：いろんな美術館を見尽くして、最後に古九谷に出会ったと。もはや啓示に近い出会いですね。
  武腰：“自分の行き先が見つかった”という感じがしましてね。「ご心配をおかけしましたが、今から家に帰ります」と、その日のうちに親に手紙を書きましたよ（笑）。
  秋元：いいお話だなぁ。とはいえ以前からも「継がなきゃいけない」という意識は、どこかにお持ちだったんですよね？
  武腰：ええ。でも父親がやっていた“産業九谷”のようなものは、やりたくないと思っていたんです。僕は寺井（石川県能美市）でしたから、それまで古九谷というものを知らなかったんですよね。 けれど古九谷に出会って、あの “美術性”というか、“工芸と違う何か”に惚れてしまったんですよね。
  秋元：ある種の絵画性というか。やはり“古九谷”って特別な存在ですか。 “工芸”や“九谷焼”という括りでは簡単には括れないものであると。
  武腰：全然違います。古九谷は “純粋美術”だと思っています。僕は古九谷で一番最初につくられたのは「大皿」だったのではないかと考えています。 その後にいろんな食器ができあがってきて “工芸品”として使われるようにはなったけれど。大皿そのものが“キャンバス”であり、古九谷は“絵画”であったのではないかと。
  秋元：もう武腰さんは、「九谷焼」をやっているというより、「古九谷」と向き合っている、という感覚なんですね。
  武腰：そうです。
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• 秋元：ところで、古九谷に出会ってある種の啓示のような形で衝撃を受けられたわけですが、実際に武腰さんがつくっている釉薬や作品というのは「古九谷の再現」では全くないですよね？そこが非常に面白いなと。
  武腰：“再現”なんてことをすると、もう“古九谷”じゃありません。一方で世の中には古九谷を真似たものが沢山出回っていますがね。
  でも古九谷って “再現してはいけないもの”なんですよ。あれはもはやアートですから。そもそも江戸時代には、白磁というもの自体大変貴重なものでしたよね。そんな貴重なものに絵を描いていたのは普通の“職人”ではなかったと思うんですよね。相当修練された、文武に長けた “武士”だったんじゃないかと。
  秋元：なるほど、武腰さんは古九谷が単にいち職人がつくっていたものではないとお考えなんですね。
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• 武腰：もちろん古九谷でも後々職人が描いたものも出てきますが、初期につくられていた大皿こそが「古九谷」だと僕は思っています。
  僕は絵の実地をやっていたから“素人の筆”というのは見れば分かる。「自分を律する心」を持っていない人の描いたものはこちらに訴えてくるものがない。私が東京国立博物館で古九谷の大皿に出会って受けた衝撃のように、“ドーンッ！”ときてもらわなければ古九谷ではないんですよ。
  秋元：お話をうかがっていると、武腰さんにとっての「九谷焼」って、かなり限定的で面白いですね。本当に、天辺中の天辺というか。
  武腰：あくまで、“私にとっての九谷”ですよ。
  秋元：九谷焼って「多様であるから面白い」という文脈で語られることが多いですが、「じゃあ“九谷の真髄”って何なんだ」と聞かれた時に、武腰さんのお話は一つの指針になりますよね。

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