第八話“産地”として、底上げしていく。

• 九谷焼における“作家性”の多様な在り方を探るため、今日活躍する九谷作家を訪ねる第七・八話。 古九谷にインスパイアされ、その一点のみ見つめ続けて制作に邁進する武腰潤さんにお話をうかがった第七話に続き、第八話では赤絵において“一門”を築く、福島武山さんを訪ねます。
  針の先のように細い、無数の線によって織りなされる赤絵細描の世界。九谷焼の絵付けの中でも独自の発展を遂げてきた赤絵に魅了され、会社員を辞め職人の世界に入った福島さん。ご自身の制作活動の傍ら、ライフワークとして後継者育成にも尽力されています。福島さんにとっての“職人観”そして“産地への想い”などをうかがいました。

案内してくれた人

福島 武山さん

九谷焼における赤絵細描の第一人者。結婚して赤絵の盛んな地域・能美市佐野町に移り住んだことを機に、会社員を辞めて26歳で絵付け職人の道へ入る。展覧会で活躍する傍で、自身の門下生はじめ九谷焼技術研修所で講師を務めるなど、次世代の育成に積極的に取り組む。

• 数学的な赤絵細描の世界

• 秋元：福島さんは、これまで赤絵以外をやってみたいと思ったことはなかったんですか？
  福島：あまり考えたことはないですね。最初少しだけ古九谷風のものを描いたこともありましたけど。 よそ見しなかったというか、できなかった、というのが良かったのかなと思っています。今の見附くん（※）が全く同じ状況になってますね。 むしろ僕よりも脇目を振らず、赤い線ばっかり描いている。
  （※）見附正康さん…赤絵細描技法で注目される若手九谷焼作家。福島武山さんのもとで10年間修行していた。
  
• 細描に用いられる、細い筆。「新品より、使い込まれたものの方が良い」と福島さん、お弟子さんから使用済の筆をもらうこともあるとか。


• 秋元：やっぱり根気がある人じゃないと続かない特殊な世界なんですね。
  福島：ちなみに、鬱など心の病を持っている人にも赤絵は凄く良いんですよ。 黙って小紋を描いていると集中できますし、ひとつずつ確実に埋まっていく。少しずつ元気になってきて、ご両親も喜んでおられます。 私自身、疲れているときに模様を描いていると、なぜか楽になってくるんですよ。
  秋元：ああ、その感覚は少しわかるような気がします。ちなみに、赤絵の技術的な難しさというのはどこにあるんでしょう？
  福島：やはり「色むらを出さない」ということではないでしょうか。濃淡ができてしまうと良くない。
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• びっしりと描き込まれた線。線の細さが均一でないと、不要な濃淡がでてしまう。


• 秋元：なるほど、線に濃淡が出ると、画面が荒れてしまいますもんね。模様には何かパターンのようなものがあるのですか？
  福島：基本となる模様はあるので、あとはその“展開”の仕方ですね。幾何学模様はある意味もう出尽くしてしまった感はあります。 研修所の学生さんにも「夜ご飯食べた後にでも白い紙に模様書いて、それを展開してみなさい」とよく言っています。
  秋元：絵付けの際に、あらかじめ下絵のようなものはつけるんですか？
  福島：窯に入れる前の器には黒い線がいっぱい描かれていますよ。 方眼目を描いたり、割付にはコンパスをつかったりもします。割付には数学の計算が必要なので、これが苦手という若い子はいますね。 だんだん展開していくようなものを考えるのは結構難しいんですよ。
  秋元：なんというか、情緒的な判断が入る隙がないというか、きっちり計画的にやっていく感じなんですね。
  福島：そうですね。“個性”のようなものは比較的出にくい分野なのかもしれません。
  

• 「作家」ではなく、九谷焼の「組合員」。

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• 秋元：福島さんのお人柄もあって、若いお弟子さんが次々とやって来られていますよね。見附さんなど、今第一線で活躍している作家も輩出しておられます。どんな風に見ておられますか。
  福島：彼らは九谷焼にとってはもう救世主ですよね。「九谷焼」の名前をどんどん広めていってくれている。そうやって若い人が活躍してくれているので、他産地から「九谷は元気だ」って言われますよ。実際は一部が突出しているだけで、そんなに元気があるわけではないのですけどね（笑）。
  秋元：ある種“福島一門”のような形で、面倒をみてこられたと思うのですが、その辺りは何かお考えがあっての事なのでしょうか。
  福島：「福島武山一門」として展覧会を開催すると、若い子の作品がよく売れるんですよ。 例えば私の器が10万円なら、彼らの器は２万円ほどで、さらには綺麗に描けているので売れますよね。 この仕事は言ってみれば“特殊な仕事”ですから、サラリーマンほどを稼げるようになるのは中々大変です。 だからこそ、なんとか少しでも、彼らの生活を良くしてあげられたらという想いはあります。
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• 秋元：なるほど。ある種一門としてお名前を貸されている部分もあるわけですね。でも福島さんも個人の作家として、自身の制作活動だけに集中して一人で走り抜けた方が早いという考え方もできますが。
  福島：いや、私は“作家”ではないので。26歳で「佐野上絵協同組合」に入れてもらったと同時に“組合員”ですから。
  あの徳田八十吉先生でさえも、ご自身のことは“職人”だとおしゃっていましたよ。先生の作品はもう“アート”ですけどね。そういう意味でも僕の仕事はどう見たって職人仕事ですよ。
  秋元：ちなみに、福島さんのおっしゃる「職人」って、どういうイメージなんでしょう。
  福島：どうでしょう、難しいですね。ただ、やはり“一点物”をつくるアーティストとは違いますよね。徳田先生にしても、記念品や贈答品など量産品もつくられていましたし。私も同じです。
  秋元：展覧会にも次々と出されて、こんなにもご活躍されていますが。
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• 福島：展覧会に通ったら「先生」と呼ばれている方もおられるけど、そういうことではないですよね。やっぱり広い意味で、九谷産地全体で底上げして、良くなっていかなくては。
  一つ、私の自慢話がありましてね。バブルが弾ける前、ものすごく九谷焼産業が忙しかった時期に、他から参入されてきた女性達がたくさんいたんです。その人たちの仕事といえば、ただ器に印判を押していくだけで、技術力も何もなかった。そこにバブルが弾けてしまって、一番最初に職を失ったのも彼女達でした。 そこに危機感を感じて、ちょうどその時私が伝統工芸会会長をしていたので、会員の協力を得て平成21年に「技術復活講習会」というものを企画したんです。２年間で、講義４回、技術研修を５０回程実施しまして。のべ800人が習いにきて技術を身につけ、最終的には東武デパートや阪急などにも作品を出せるまでに成長した方もいます。
  秋元：なるほど、技術さえあれば、どんな時代でも食べてはいけると。福島さんは常に「若い子が育つ」、そして「ゆとりをもって食べていける」ということを非常に大事にされていますよね。それが赤絵の世界、ひいては九谷焼のために重要であると。
  福島：そうですね。この土地に来たからには、何かお返しできたらという気持ちです。
  秋元：それにしても、ある程度予測はしていたとはいえ、ここまできっぱり「自分は作家ではない」とおっしゃるとは（笑）。今日は大変興味深いお話を、どうもありがとうございました。

 

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