第九話“生きた”美術品として、暮らしの中で使い継ぐ。
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陶石の採掘現場に始まり、九谷焼が生まれる工程やその歴史、そして九谷焼を支える人々を訪ね歩いた「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」。最終回となる第九話は、九谷焼が“使われる” その現場として、歴史ある料亭を訪ねました。
歌舞伎の十八番「勧進帳」の舞台となり、かつて北前船や繊維業でも栄えた小松市安宅に暖簾を上げて約100年になる「料亭 まつ家」。四代目を継ぐ森泰二さんは、懐石料理の伝統を守りながらも、現代的な感覚が添えられた一皿に定評があります。料亭では“器”としてのみならず、空間を演出する“調度品”としても重宝されてきた九谷焼。 “生きた工芸品”として九谷焼があるために、暮らしに取り入れるヒントなどもうかがいました。
案内してくれた人
- 森 泰二さん
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石川県小松市安宅町にある料亭「まつ家」の4代目。大阪の大学在学中に調理師学校に通う。卒業後は大阪の割烹で修行し、その後小松市に戻り「まつ家」を継ぐ。安宅の海の幸をはじめ、代々近海ものの魚料理を得意とする。
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器は料理の「衣装」。ハレの器、九谷焼。
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秋元:それにしても九谷焼って、五彩が効いているというか…結構派手ですよね(笑)?お料理を盛る上で、難しさなどはないですか?
森:確かに備前焼などの“土もの”ですと、基本的には食材の色彩と反発しないので、ある種盛りやすい部分はあります。しかし、反対に九谷焼というものは色彩が豊かな分難しい面はありますが、盛り様によっては食材と器が互いに“映え合う”素晴らしい器だと思います。
私は“器は料理の衣装”だと考えています。冠婚葬祭ではフォーマルな洋服を着るように、器にも同様の役割がある。確かに九谷焼は派手な色合いが多いですけど、それは例えるなら歌舞伎の衣装のようなものでして(笑)。その分料理にも器に負けない力がないと見劣りしてしまうという難しさもありますが、同時に器の力に助けられる側面は多いです。
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秋元:九谷焼は、器としては“ハレの器”ですよね。
森:そうだと思います。石川県でも、昔でしたら報恩講(※)やお正月などに九谷焼の大鉢が活躍して、今でも蔵などに持っていらっしゃるお宅も多いと思います。器で祝いの気持ちを表現するとなると、赤絵だったり金襴手だったり、そういった華やかなものが必要になります。やはりそこには素朴な土ものの器ではなく、九谷焼が合うんですよね。
(※)報恩講…親鸞聖人の祥月命日の前後につとめる法要のこと。浄土真宗の門徒が多い北陸では各地域に独自の風習や料理がある。
秋元:今日はKUTANismということでいろんな九谷焼のお皿を使っていただいいますけれど、通常は他の焼物と混ぜて懐石を構成されますよね?
- 今回ご使用いただく九谷焼の皿。これだけでもバリエーション豊か。
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森:理想の形からというと、「磁器もの」の間に「土もの」が来て、という定形の流れは一つあります。お茶の世界でもそういった取り合わせがあるので、懐石の場合も通り一遍全て同じ焼き物で揃えるというのは、あまり面白くないといいますか。
秋元:そうですよね。通常はポイント・ポイントで使われますよね。では今回は特別編という感じで(笑)。
森:ただ九谷焼の場合、昔ながらの古典的な作風から、現代の作家さんに至るまで、バリエーションがとても豊かなので、偏らないというか、非常に使いやすいですね。
秋元:ちなみに器はいつもどうやって選ばれるのですか?
森:今はお膳で一品ずつ料理をお出しするので、収まり良いサイズ感といった制約条件がまず一つあります。そこから食材との取り合わせが出てきたりと、様々な条件の中で「ああ、こんな器があったら…」といつも思います。ですから私達などは、器が倉庫一杯になるほどあってもまだ足りないくらいなんですよ(笑)。
秋元:ああ、料亭さんはお料理を中心にされているから、器選びは食材から決まるものだと思っていましたが、それだけでもないんですね。
森:そうですね。献立が決まると器を決めて、次に調理となると今度は大きさが決まって。そして器に合わせた“切りもの(※)”をして仕上げていって。いろんな方向から検討しながら、ひとつの懐石をつくっていきます。
(※)切りもの…和食に華を添えるために、薬味などを切ったもの。飾り切り。
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秋元:そういう意味で、“寸法”って食器においてすごく大切なんですね。
森:そうですね。磁器は縮みますから、収縮率も考えて焼きあがったときに“ストライクなサイズ感”に収めるというのは、やはり職人の技なんでしょうね。
秋元:そういう意味では今の若い子は、懐石などの和食を食べ慣れているわけではないから、器のサイズ感というのは難しいところがあるかもしれませんね。綺麗だけど何か使いづらい、というような。
森:よければいくつかお料理を九谷焼のお皿でご用意しましたので、実際に召し上がってみてください。
秋元:ありがとうございます!
- クリームチーズとシャインマスカットの白和え。吉田幸央さんの器に盛って。
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森:こちら先付けの白和えでございます。器は錦山窯の吉田幸央さんの作品ですね。
秋元:いただきます。…おっ!いわゆる“白和え”のイメージで食べたら、全然違いますね。美味しいです。今の人の感覚に近いというか。
森:お豆腐を裏ごししまして、その中にクリームチーズとくるみのペーストを入れています。あと、地元で採れたシャインマスカットですね、海沿というか砂丘地帯はぶどうや梨も美味しいんですよ。白和えというと地味な料理ですが、吉田さんの器の“赤”に映えて、なんだか特別なものに見える、これも器の力ですよね。
秋元:いきなり初っ端から先制パンチを受けたというか。これまで普通に会話していたのに、この料理が出て来たことで場面がガラリと変わった感があります。この後の料理への期待感も膨らみますよね。料理と器が織りなす“展開力”みたいなものを改めて感じました。
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森:こちらは能登で網にかかって本日届いた鯨の刺身です。鯨肉というと冷凍物が多いですが、これは近海で挙がったばかりですので、生のままお刺身で召し上がっていただけます。卵に胡麻油を垂らしたものが添えてございますので、絡めて食べていただけたら。
秋元:綺麗ですね。ああ、これも美味い。他のどの肉とも違う“やさしさ”があるなぁ。それにしても、鯨肉の深い赤を美しく見せる器というのは結構難しいですよね?
森:そうなんです。白い食器にのせると、どうも生々しくなってしまいます。これは浅倉五十吉さんの器なんですが、この深い黄色が、“血の感じ”を抑えてくれて、さらには鯨の“赤”がパッと映える。吉田屋くらいの青手にのせても良いかもしれません。青手には“赤”がありませんから、お互いに映え合って、料理に存在感がでる。
- 深い黄色に映える鯨肉の赤。
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秋元:確かにこのくらい色や柄が強い方が合いますね。あと、やはり「絵がある器」の面白さは、料理を食べ終わった後に、“一枚の絵”として愉しめるというところにもありますよね。こちらは瑞鳥(※)の絵でしょうか。ちょっと力の抜けた感じも良いなぁ。
(※)瑞鳥…めでたいことが起こる前兆とされる鳥。
森:盛られた状態の完成度、食べて味わうときの楽しみ、そして最後に一枚の絵として。九谷焼は一皿で三回は楽しめますよね。
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