AFTER TALK「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」を終えて。
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全9話に渡ってKUTANism総合監修・秋元雄史が、九谷焼の現場を訪ね歩いた「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」。取材をおえて、秋元さんは「当初の仮説は、ものの見事に打ち砕かれた」と嬉々として語ります。工房を訪ね、作り手と対話する中で、どんな気づきがあったのか。今回は取材を終えた秋元さんの感想を、特別版・アフタートークとしてお届けします。
案内してくれた人
- 秋元雄史さん
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KUTANism全体監修
東京芸術大学大学美術館館長・教授、練馬区立美術館館長
©2019 KAMADO Inc.(Photo by Yuba Hayashi)
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限りなく拡散していくエントロピー
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従来の「継承」をベースとした焼き物の歴史観から見れば、九谷焼は「異端」に見えてしまいます。けれど「本物はどれだ」という論調で、還元的に九谷焼を追い詰めていくと、逆に九谷焼を見失ってしまう可能性がある。
物理学にエントロピー(※)という理論がありますが、それがどこか九谷焼の進化の歴史とリンクするような気がしています。どんどん分化して、多様化していく。一つに収斂されていくどころか、限りなく拡散していく。そのエントロピーこそが九谷焼なのではないか。
(※)エントロピー…原子的排列および運動状態の混沌性・不規則性の程度を表す量。
これまで物語を一直線につなげることばかり考えていたけれど、九谷焼の場合積極的に切った方が、分かりやすいし発見がある。直線的な時系列で捉えない方が、九谷焼が見えてくるんじゃないかと思えてきたんです。これはまだあくまで仮説ですけれど、自分の中では今のところ一番納得感があります。
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すべての様式に通底する“過剰さ”
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一方で、時代と様式の違いを超えて、九谷焼に通底しているものがあることも感じられました。
例えば、古九谷や吉田屋そして輸出九谷と、それぞれに様式は異なるので一見バラバラに見えるのだけれど、「過剰さ」という一点において共通している。それは単に外見上の装飾的な過剰さのことでだけではなくて、「異様なテンションのかけ方」というか。単なるプロダクトに留まらず、最初から芸術的な領域に踏み込む過剰さを作品に持ち込んでいる。様式様式の熱量が、「職人技術」という言葉では簡単に片付けられないようなものがある。それも誰に言われたでもなく、自分たちでグレードをどんどん上げていって、より難しくしていっているというか。
絵画や彫刻といった芸術作品ではなくて、焼物でここまで過剰に作り込んでいるというのはかなり独特だと思うし、僕はここが、九谷を九谷たらしめている所以なのではないかと思うんです。
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そのことを今の私たちの言葉で説明しようとすると「それは『芸術九谷』ですか『産業九谷』ですか/アートですかデザインですか」という単純な言い方になってしまうのだけれど、九谷焼はもともと両方持っていたんだと思うんですよね。そしてそれは、もしかしたら日本の工芸がもつ特質といえるのかもしれない。二元論に落とし込めない面白さがそこにはある。
そして断絶する時代の中にも、もちろん「痕跡」というものは次の時代に残っていっているわけで。それが「継承」ということなのかもしれないけれど。それは祖父が制作している背中だとか、職人同士が囲炉裏を囲んで互いの技術を開陳しながら技術談義をしている姿を見聞きしていた、という実際的なことだったりする。
そういった「九谷焼のマインド」が、その時代その時代の“作り手”の中に宿っていっているというか、それが手を動かす職人だけじゃなく、プロデュースする人たちや色んなところにまで広がっているのが面白いですよね。
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九谷焼を捉えるフレームを、つくりかえる
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でも、これも今回現場で直接話をうかがえたからこそ分かったことであって。メジャメントというか、見るべき美的基準が、こうしてナビゲートしてもらうと目が細かくなって分かってくる。出来上がった作品だけを見ていてもわからないものなんですよ。見落としていたというか、もはや見えていない。
「時代感」というものが、我々が想像している以上に色んなものを見えなくしている部分があるんです。それはまるでお天道様が時間とともに移動して、日が当たる部分はよく見えるけれど日陰になっているところは見辛い、といった風に。だからこそ、KUTANismのような取り組みの中で「言葉で補う」ということが、とても大切になってくると思うんですよね。
今回の取材を通して「九谷焼の構造そのものを、あからさまにする」という作業が今一度必要なのでは、と考えるようになってきました。今使われている言葉のフレームが、そもそも九谷焼に合っていないのかもしれない。だからこそ、もっと丁寧に現場を見て行きたい。来年には、またこの仮説を覆すような新しい発見があるかもしれないと思うと、今から楽しみでなりませんね。
(取材:2020年11月)
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【PROFILE】秋元雄史/東京芸術大学大学美術館館長・教授。練馬区立美術館館長。「KUTANism」総合監修。
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